最近とくに聞くようになったのが、
”空気を読む”という表現です。
”あいつは空気が読めない!”と
いうのは今では立派な批判です。
でも、実は私はこの表現が
あんまり好きじゃありません。
もちろん、争いを好まない日本人
的な”和を保つ”という感覚は
好きですし、周りに配慮をする
ことは大切だと思います。
ただ、今よく言われる
”空気を読め!”というのは、
”みんな同じ意見を持っていないと
いけない”と半ば暴力的な
プレッシャーのような響きが
あります。
コミュニケーションは言葉だけでなく、
身振り手振り、表情、声のトーン
など総合的になされるものです。
そして、もともと日本は非言語
コミュニケーションが発達している
国だと言われます。
しかし、あまりにも非言語コミュニ
ケーションに頼りすぎるのは怠惰
なのではないでしょうか?
「言わなくてもわかってくれている
はず」と言うのは、言語で相手に
伝わるよう工夫するのは面倒くさい
けど許してね、みたいな甘えが
感じられます。
意見が違ってても、ちゃんとそれを
お互いにちゃんと理解できるよう言葉
にして伝えるのは面倒くさいかも
しれませんが、それに対する見返り
は十分あると思います。
相手の本当に考えていることがわか
る、ということです。予測可能だと
いうことです。
「相手はこう考えているんじゃないか?」
「こう思う私は変なんじゃないか?」
と人の顔色をみてびくびくすることこそ
不毛な面倒くささのような気がします。